親と過ごせる時間
親と過ごせる時間
30代という年齢に差し掛かり、
友人たちと「親の老い」について真剣に話す機会が増えました。
それに伴い、ふと頭をよぎる問いがあります。
「私はあと何回、親の顔を見て、直接話すことができるのだろう?」
私の親は現在70歳です。
「85歳まで健康に生きられれば、それだけで満足」
という人生の指針を掲げ、
幸いなことに今はとても元気に過ごしてくれています。
しかし、その「85歳」というゴールも、決して永遠ではありません。
仮に、今の私が2週間に1回という比較的高いペースで会い続けられたとしましょう。
1年で約26回。 85歳までの15年間、
このペースを奇跡的に維持できたとしても、
26回 × 15年 = 390回
1回会う時間を半日(12時間)としても、
日数に直せば、1年分(約365日)にも満たない時間です。
いつの間にか、親と過ごせる時間は、
終わりの見えるカウントダウンへと変わっていました。
焦るのではなく、前向きな「準備」を始める
この具体的な数字を目の当たりにしてから、
私は時間の有限さを強く意識するようになりました。
ただ悲しんだり焦ったりするのではなく、
その時を笑顔で迎えるための「準備」として、
少しずつ終活の会話も始めています。
お金のこと、これからの暮らしのこと。
一見、デリケートで避けがちな話題ですが、
家計を整えてきた私だからこそ、
親がこれからの人生をより身軽に、
安心して楽しむための「前向きな仕組みづくり」として向き合っています。
「いつか」を「今、この瞬間」に変えていく
そして何より変わったのは、
会うことができる「1回1回」に込める思いの深さです。
- これまで当たり前すぎて、あまり真剣に見ることのなかった親の白髪や顔のシワ。
- 「いつか行けたらいいね」と話しながら、日々の忙しさを理由に先延ばしにしていた旅行。
これまでは、
「またいつでも会える」と無意識に信じ込んでいた見慣れた風景が、
今は一瞬一瞬、とても貴重なものに感じられます。
「親孝行したいときには親はなし」
昔の人の言葉が、今の私にはこれまでになく重く響きます。
「いつかお金が貯まったら」、「いつか時間ができたら」
と言っているうちに、その時間はあっという間に擦り切れてしまう。
私たちが資産形成をし、時間のゆとりを作ろうとしている本当の理由は、
まさにこうした「今、大切にすべきもの」
に全力を注ぐためだと思います。
ふと思った時に、何気ない電話をかける。
予定を少し無理にでも合わせて、会いに行く。
親孝行ができるタイミングは、
「いつか」ではなく、いつでも「今、この瞬間」しかありません。
おわりに
具体的な数字が見えてきたからこそ、
私は残された時間に怯えるのではなく、
会える1回1回に精一杯の感謝と思いを乗せて向き合っていきたい。
まずは次の休みを合わせて、実現できていなかったあの場所へ、
親を連れていく計画を立てようと思います。
皆さんは最近、親御さんの声を聞きましたか?
